2009年6月 6日 (土)

横浜、万歳!

 090606_170901_3           

090606_194601_2 開国・開港Y+150に行って来た。

 普段余り見られないものが多くあって、また、感心させられるものもあって、中々面白かった。

 「ラ・マシン」は近くで見ると迫力が有り、「ハイビジョン・シアター」や「アース・バルーン」も綺麗だった。

 午後4時30分過ぎから行ったので、パビリオンを色々と見た後で、夕食は赤レンガ倉庫会場にある「ワールドグルメ」で摂った。 090606_200101_3

 「Y150プレート ¥1500」を注文、ビールは別だったが、090606_204701_3カレーとホットドッグとピロシキとフィッシュアンドチップスがついてお腹いっぱいになった。

  時間的には、空いているし、昼間から夕方にかけてのイベントが見れるので、4時頃からの入場がお勧めだと思った。

「BATON」の第3部を観なくてはならないので、また行きたいと思う。

  

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2008年10月14日 (火)

今週は神戸から出雲

 先週半ばから末にかけて、神戸へ出張に行って来た。

神戸と言えば、洋菓子だそうで、色んな人からどこの店のケーキが美味しいだとか、小さくても良いから、ケーキを土産に買って来て欲しいだとか、言われたりする。

個人的には、元町の商店街の中にある喫茶店の中で食べたシフォンケーキが一番うまかった。

今週半ばから週末にかけてまた神戸と、今度は出雲に行って来る。

時間を見つけて、うまいシフォンケーキと、出雲そばでも食べてかえって来たい。

出雲は因幡の白ウサギの場所だそうで、まんじゅうなどが売っていた。

10月、全国的には神無月だが、出雲は神有月と聞いた覚えがあるが、どうなのだろう。

欧米では10月はハロウィンだが、日本でもなにかそうしたお祭りがあるのだろうか。

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2007年1月28日 (日)

会津・喜多方・宇都宮・日光旅行その5

P9170200  僕は恥ずかしながら、この時初めて「レバ刺し」と言うものを食べたのだが、そのプリプリとした食感と言い、コクのある味と言い、その思わずウマさに感動してしまった。

勿論、旅先の雰囲気と酔いもあったのであろうが、調子に乗って訳も分からず「やっぱり、レバ刺しは、会津だよな!」などど、口走ってしまう程であった。

同行のO氏も初めて「レバ刺し」を食べたそうで、同様に「レバ刺し最高!」などと口走りながら、酒と馬肉を腹いっぱい詰め込んで、その日はとても良い気分で眠った。

そんなこんなで色々とあった夜だったが、それでも翌朝は7時頃には起きて、8時には朝食を済ませた。

前の晩は全く気付かなかったが、ホテルの食堂の近くに大きな西洋の鎧が飾ってあった。

9時過ぎにはホテルを出て、会津城へと向かった。

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2006年11月12日 (日)

会津・喜多方・宇都宮・日光旅行その4

 とにかく表に出ようとチェックインを済ませ、荷物を置くと、いったんロビーで集合。

せっかく来たのだから、旨い店に入りたかったのである。

ガイドブックを広げ、ある程度目星をつけてから、夜の街に躍り出て、「蔵の店」という馬刺しの料理が有名なお店に直行した。

外観はその名のとおり、蔵を模したような店造りで、好印象。

中に入ると、チェーン店ではない地元密着型、と言った良い雰囲気のお店だった。

ビールを注文したアトで、「おすすめは?」とO氏が聞くと、いかにも土地に慣れていない観光客然とした態度にウケたのか、それとも腹ペコさを全面に出した態度が可笑しかったのか、注文を聞きに来た中年の婦人は、くすくすと微笑しながら「馬刺しの握りなんてどうでしょう?」と答えてくれた。

「(一人前)何カンなんですか?」と僕が聞くと、「だいたい7カンですけれど、何カンでも出来ますよ。」と言う。

「じゃあ、8カンで」と友人。

-お、そんなに喰うのか?!-と「じゃあ、僕は、9カンで」と僕が注文する。

すると、O氏も負けずに「10カンでお願いします!」と来る。

おかしい。

彼は、普段そんなに大食、と言う訳ではない。

-ははあ、彼は二人で10カンと思っているな。-と僕は思い、「やっぱり、7カンでお願いします。」と切り上げた。

その他にも、焼肉を2人前ずつ(ロースだか、カルビだか何処の部位を頼んだのか忘れてしまった)とレバ刺しを注文した。

会津・喜多方・宇都宮・日光旅行その1から載せている写真は、その時食べた馬刺しの握りと、焼肉である。

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2006年10月11日 (水)

会津・喜多方・宇都宮・日光旅行その3

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P9160189  会津若松に着いたのが、夜の9時半頃。

駅の改札口とは反対方向は真っ暗だった。

9月の半ばだったが、北風に肌寒さも加わって心細い限り。

それでも先ずは、と駅前にあったシティホテルに駆け込み、ダメもとで「部屋はありますか?」と聞いてみた。

予想していた事だが、やっぱり無い。

仕方なくガイドブックに載っているホテルに友人と二人で片っ端から電話をかける。

当然の展開だが、なかなか良い返事をしてくれる所は見つからず、中には、「4万円のスィートなら空いてます。」と言ったホテルや、さらには時間のせいだろうか、全く電話に出ないホテルもあった。

何件目だろうか、そろそろ電話をかけるのも嫌になって来た頃、漸く一件のホテルでシングル2部屋が取れた。

-地獄に仏だ-と1度は喜んで見たものの、地図を良く見ると駅から歩いて約20分、さらに場所が解り辛い。

-後半へ続く

-それでも寝れないよりはよっぽど良い!!-と新横浜の裏通りの様な、寂しく真っ直ぐで平坦な道を風に吹かれながらひたすら歩く。

区画整理が行き届いているきれいな町並みで、どうやら迷うこともなさそうだった。

マクドナルドがある交差点から路地に入り、小さな居酒屋が立ち並ぶ道をさらにとぼとぼと歩く。

途中、-キャバクラだろうか-2階に表へ突き出したステージが付いた建物から、突然轟音が鳴り響いた。

70年代のアメリカ映画のヒロインのように髪に大きなリボンを付け、裾の広がったスカートをはいた女がバンドを従えて英語の歌を歌い出したのだった。

しかし勿論、夜10時になろうかとする北国の小さな交差点では、僕らの他には、そんな彼女を見る者など一人もいない。

そんな彼らの歌声が人気の無い夜の小さな道でこだまする様は、一種異様な風景だった。

聞いたことがあるような英語の歌を背中で聞きながら、さらにしばらく歩くと漸くホテルに着いた。

一階がスナック街で2階がロビー、その上からが客室となっているホテルは、この町にぴったりに思えた。

チェックインを済ませ、部屋に入り、漸く荷物を置いた頃には、二人とも腹が減って腹が減って皿でも喰いそうな気分だった。

さあ、やっと夕飯だあ、これから福島の名物を食うぞ!!

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2006年10月 1日 (日)

会津・喜多方・宇都宮・日光旅行その2

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P9160192 秋は、旅行の季節!と言う訳ではないが、9月半ばの連休を利用して、福島栃木へ小旅行に行って来た。

土曜の朝、友人に一向に連絡がつかず、「こりゃ今回はお流れかな?」と半ば諦めていた時、昼前に連絡があった。

予想していたとおり、二日酔いでつい先ほどまで寝ていたと言う。

とりあへず、行き先を福島と決め、夕方5時に東京駅で待ち合わせ、新幹線で行こうと言う事になった。

会津に行って城と山と湖を見て、喜多方ラーメン食べて、それでももし時間があったら、宇都宮ギョウザを食べて帰って来ようと言う話に落ち着いたのである。

宿については、結局取ることは出来なかったが、心配するのが何だが馬鹿らしくなったので、現地で何とかなるだろう、と言う事にした。

待ち合わせ時間に東京駅に着くと、新幹線は信号機故障か何かで遅れていると、チケット売り場に表示が出ていた。

何だかピリピリしたムードの中、福島までのチケットを購入したのだが、結局乗る予定だった前の電車に乗ることが出来、かえってほとんど待つ事無く乗車出来た。

新幹線は自由席だったが、空いていて快適だった。

当初福島まで行って宿を探す予定だったが、「明日会津若松まで行くなら、会津若松で泊ろう」と言う事になり、郡山で途中下車をして磐越線で会津若松へ向かった。

磐越線の車内は空いてはいたが、8時半を過ぎていると言うのに、学生達の姿が目立ち、賑やかだった。

会津若松までの間、窓の外はドコまでも真っ暗。

今現在何処を走っているのかさっぱり分からなかった。

おまけに現在電車が遅れ気味で、会津若松まで1時間半かかると言う旨の車内放送があった。

「こりゃあ、最悪は地元の居酒屋で朝まで呑むかあ!」と口では、気軽なことを言ってみたが、内心少々不安だった。

このままどうなることやら・・・。

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2006年9月30日 (土)

会津・喜多方・宇都宮・日光旅行その1

http://www.dendou.jp/in/2177159048

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P9160193

 9月半ばの連休中に、会津若松から、喜多方宇都宮日光までをまわる小旅行に行って来た。

連休前の金曜の夜にいつもの調子で友人へ「明日、ゴルフの打ちっぱなしに行きませんか」と誘ったら、反対に「それよりもむしろ、連休だからどこか旅行に出掛けませんか」と提案され、分別のない僕は1に2もなく即座に「乗った!」と答えてしまったのである。

それからが、大変だった。

何しろ、明日出掛けるのに、目的地も宿泊場所も、何にも決めていなかったのだから。

その晩僕はPCで、3日間で帰って来れる行き先を探して、福島山形にアタリをつけてから寝た。

その夜の話では、「翌朝早く起きて、午前中のうちに出かけよう」と言う話で終わったのだが、翌朝起きてから、友人に連絡しても全くつながらない。

金曜の晩に彼から連絡があった時、珍しく会社の飲み会があってしこたま飲まされたと聞かされていたので、僕は「ははあ、ヤツは二日酔いでまだ寝てるな。」と思った。

こんな事では、到底午前中に出かける事など出来はしない。

仕方なくPCでアタリをつけておいた福島県の宿泊情況を調べたのだが、連休中はどのホテルもいっぱいのようで、特に出かける予定である土曜日の晩はほぼ空き室が無い。

さてさて、どうなることやら。

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2006年4月13日 (木)

小さな鎌倉、G・W(ゴールデン・ウィーク)のおすすめ!・称名寺

 花見や花粉症の時期を過ぎたG・W(ゴールデンウィーク)の連休期間、多くの方々が温泉や旅行に出掛け、神奈川県では鎌倉に多くの人が押しかけると思うが、そんな時、僕は鎌倉をあまりオススメしない。P4090037

人ごみが激しくなる連休の時期、僕のオススメするのは、しっかりとした設備がありながら、普段から人影少なく、隠れ家的な所である。

京浜急行線金沢文庫駅から歩いて10分ほど、海の方に向かうと「称名寺」と言うお寺がある。P4090030

ここは、北条氏の菩提寺となった由緒正しいお寺である。 P4090028

先ず、正面の門を入ると小さな参道には、茶屋や喫茶店、 ビール 日本酒 まで飲める食事どころ、土産物屋が軒を連ねる。

そしてそのまま進み、両側に仁王像が守る山門をくぐると、目の前には多くの亀やカモ、鯉が泳ぎ、赤い木の橋が架かる、ゆったりとした大きな池が広がる。 P4090027

本堂の脇には、芝生がはえている、ちょっとした広場があり、家族連れが弁当を広げたり、子どもたちが遊ぶ姿を時折見かける。

裏山は、「称名寺市民の森」となっていて、子どもからお年寄りまで、気楽に歩けるちょっとしたハイキングコースとなっており、観音像や北条実時の墓などの史跡もある。

中でも、八角堂と言う展望台からは、山の方を望むと京急線が走る姿と能見台の方から遠く横浜のみなとみらいまで見渡す事が出来、反対側の海の方を望むと、八景島や住友重機、日産の工場まで見渡せる絶景が広がるので、是非カカメラの持参をオススメしたい。P4090025

「称名寺市民の森」の下、境内の端には、「金沢文庫」と言う、小規模ながら立派な博物館があり、普段から定期的に数々の催事があり、国宝級の仏像の展示がされている。

(詳しい催事情報、称名寺へのアクセスは、こちらを参照http://www.planet.pref.kanagawa.jp/city/kanazawa.htm

また、境内の中には、グリーンのジャケットを着たボランティアの方々がいて、称名寺の事について何も知らなくても、その歴史から、食事が出来る所、休憩所、トイレの場所まで丁寧に教えてくれるので、安心である。

立地的にも、シーサイドラインの海の公園柴口駅からも歩いて10分ほどの距離であるので、交通の便も良い。

駐車場はないので、車で来るのはあまりオススメしないが、どうしてもと言う方は、海の公園に駐車場があるので、そちらを利用したら良いと思う。

冒頭でも述べたが「小京都」ならぬ、「小さな鎌倉」の様なところで、付近にも、数多くの神社・仏閣があるので、足をのばして訪ねてみるのも良いかもしれない。

その気になれば、一日ゆったりと過ごせる隠れ家的な場所である。

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2006年3月13日 (月)

神武寺に行って来た

 先日、良い陽気だったので、何十年ぶりかで神武寺に行って来た。

神武寺とは、横須賀市と逗子市の間に広がる鷹取山の中にある山寺である。

鷹取山とは、標高140メートル余りの小さな山で、かつては、三浦半島で行われるロッククライミングのメッカだったが、現在では、岩が古くて脆いという理由からそれは、ほとんど行われておらず、禁止の看板が出ていた。

僕の思い出の中でも、クライマーが滑落して、しばしば救急車が来ていた記憶がある。

他にも磨崖仏や石切場跡など触れるべきものが多い。

神武寺の事に話を戻す。

京急線追浜駅で降り、鷹取商店街を抜け、住宅街の中の並木通りを過ぎて、鷹取小学校裏の入り口から山に入る。

この間約40分。

ハイキングコースを少し外れた、木の根がむき出しになっているごつごつした急斜面を鎖に摑まりながら進む。

少しでも油断すると、あわや崖から落ちそうになる。

かなり年配の方とも、しばしばすれ違った。

切り通しを抜けて境内に入る。

さすがに人影は、まばらだった。

帰りは、行きとは反対側の京急線神武寺駅から帰った。

約2時間30分の山歩きだった。

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